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日本の伝統建築。それは、いつも身近な存在でした。

特別なことをしているわけではありません。
 
私が生まれ育ったころは、どこの家もほぼ自給自足。(昭和の戦後で、明治や慶応の生まれではありません。)
 
山、畑、竹、つづら…。それらが全てとても身近なものでした。
 
茅葺屋根も葺師1人で「てご(手伝い)」は家族全員で加勢しました。
屋根葺きは、三食、二合に一番風呂。
 
 
家の中には「土間」があり、家の前には「坪」がありました。
 
 
 土間を叩く技術は、いまでこそ貴重かもしれませんが、私が子どもの頃は、誰もができた当たり前のことでした。
 
家は、家族全員で守っていました。
 
何も難しいことではありません。

                       YO設計 養父 信義